2004年 ベストママ

2004年12月のベストママ
スナックカンパニー

若松 睦美ママ

 小樽花園のビルの2階のカウンター10席に、常連が集うスナック「カンパニー」のママ。手宮西小、石山中、昭和高校に。高校の時から付き合っていた人と20歳で結婚。25歳でバツイチに。「それからが青春だったね。」

 洋服店に勤めていると、店に来るスナックのママに、ウチに来ないかい。1日でも2日でも良いからと言われた。酒が飲めなかったので、夜の仕事は嫌で、死んでもやりたくないと思っていた。

 しかし、次々と店から声がかかり、スナック店で6年間の修業。そのうち、お客さんたちが応援してやるから自分でやってみたらと言われ、現在の店を平成6年3月にオープン。お金も預金もなかったのに、まだきれいだったからかなと笑う。それから10年が経った。

 「最初の店から知っている常連さんは、ママの体型は変わるな!お前はそのままで良い。絶対に痩せるなと言われる」と、太めの体型をゆすって笑う。

 「上品にオホホッなんて笑うとか、敬語でいらっしゃいませなんて言えないの。あら!いらっしゃい!くらいしか言わないの」と言うカウンターに常連が並ぶ。カラオケの歌合戦が始まる。ママの飾り気のない性格にアットホームな雰囲気が広がる。

 「小樽は離れられない。旅行をしてどんな楽しいことがあっても、やっぱり小樽が良い。明日雨降りだという時は、運河の匂いが上がってくると雨になる。駅の向こう側の食品工場の匂いもなつかしい」と、小樽の匂いが染みついている樽っ子だ。

 「店をやってこれたのは常連さんのおかげ」「ちょっと新しいスーツを着てくると、何かあったのかと聞かれる。私だって新しい服着たいでしょ!」「ちょっと変わっていると言えば変わっている店ですよ」と、ワハハと笑い飛ばす。昭和38年生れ。花園暮らし通算16年になる。

スナックカンパニー

小樽市花園1-8-11
0134-24-4819

2004年10月のベストママ
スナック立花

小池 美代子ママ

 花園ネオン街にスナックを開いて6年2ヶ月。「あっ、もうそんなになるのね。早いね。信じられない!」と、着物姿のママが振り返る。常連たちで賑わう、第2小川ビル2Fにあるスナック「立花」のママ。
夕張岳の麓の大夕張(おおゆうばり)の出身。小学校に上がるまで大夕張で育つ。父親の関係で、小学校を3回も転校。小4の時に小樽の天神小に入り、小樽生活に。住吉中、小樽商業定時制で学び、病院で医療事務を10年間やっていたという。お腹が大きくなって、この病院を退職。結婚・離婚を経験しながら、一女を育て上げた。

 魚が好きで、肉は食べられないという徹底した魚党。釣好きの常連客が届けてくれる魚を自分でさばく。

 花園では、最初に小さな店を1年2ヶ月。新しいビルが完成したのを機に店を移す。家賃の高いそんなビルに入ったって駄目になるからと常連客に言われたが、もう6年目に入ったと感慨深げだ。

 「店をやっていると、毎日いろんな人に会えるから楽しい」と言うママは、現在2年前から始めたゴルフに夢中だ。水商売の匂いを感じさせない優しい口調で話す。「年齢はもう大台に乗ったのよ」

 「あっ、ママそこに居たの。気が付かなかった!」と言って、常連がカウンターに陣取る。今夜も着物で応対するママの時間が始まった。

スナック立花

小樽市花園1-9-26 第2小川ビル2F
0134-32-2600

2004年9月のベストママ
Gallery Cafe チャイカ

井上 義江ママ

 都通のアーケード街の一角にある喫茶店「チャイカ」のママ。

 小樽生まれで最上町に住む、最上小、松ケ枝中、千秋高と進み、宝石デザイナーを目指し、東京の専門学校に。東京と千葉での生活を12年。結婚と離婚も経験し、人生をいろいろと考え直そうと、故郷の小樽に子供と2人で戻って来たという。

 30歳頃から絵画に傾倒し、個展やグループ展に出展、今でも毎日筆を執るという画家でもある。

 小樽に帰ってくると、小樽の良い面も悪い面も見えるという。何と言っても小樽の恵まれた自然が素晴らしい。海も雪も大好きで、小樽の春の芽吹きの凄さは、何十回経験してもついていけないほどだという。自然の良さの反面、小樽の人は外から来た人に、もっとオープンな気持ちでざっくばらんになった方が良いのではないかと疑問も呈する。

 描く絵画は、最初は人物や花とかの具象だったが、だんだん変わってきて、心象風景の抽象画になったという。今では青を基調とする抽象画に、小樽の海と空の青さが反映しているのではないかと思うと言う。

 音楽を聴くことも大好きというママは、なんとサイクリングが趣味で、小樽から函館まで30kmのスピードで12時間かけて完走したのが自慢という。細い身体の中に、絵画やサイクリングへの情熱がほとばしる。「今も自転車通勤よ。11月の雪が降るまで」と言うママは、長年勤めた喫茶店の経験を生かし、昨年1月から自分の店を都通りにオープン。店をギャラリーとして無料開放しながら、毎日人との新しい出会いを楽しむママに、次々と常連客が顔を見せる。昭和22年生まれ。

Gallery Cafe チャイカ

小樽市稲穂2-14-12
0134-23-0343

2004年8月のベストママ
スナック 大地

村上 友紀恵ママ

 花園3丁目に店を開いて8年目。週の大半を着物姿で通す。和服姿がしっとりとくるスナック「大地」のママ。

 小樽っ子で、高島小、北山中、双葉高へ。フェリー会社にOLとして勤める。2年間勤め、20歳で結婚し、娘二人を育てる。46年間の小樽暮らしだが、8年前にバツイチに。

 生活をしていかねばと、大型の運転免許を取得し、ダンプかミキサー車の運転手として、生計を立てようとしたこともあるという。

 アルバイトの出張サービスのコンパニオンをやっていたこともあって、運転手志望を取りやめ、スナックを開く。着物の方が楽という和服姿のママは、「とりあえずが、8年も経ってしまった」。

開店して1~2年は客が溢れて、客が客を呼んでくれて面白かったと笑う。

 趣味など特別になく、スポーツしている感じで店で動き回り、あとは身体を休めることが一番という。

 「きっかけがあればいつでももう一度結婚したいと、開店当初から50歳までには決めると言っていたのに、後4年しかなくなってしまった」

 「居心地が良いのか、二人の娘がなかなか出ていかないが、後は嫁に出すだけ」と、二人の娘に想いを注ぐママ。

 私はお客さんを積極的にリードするタイプではなく、受け身でお客さんの話を聞く側に回っている。「気軽にやるさ」

スナック 大地

小樽市花園3-2-11
0134-33-5148
(北観協・小樽社交組合加盟店)

2004年7月のベストママ
ラウンジ 風花

太田 敏子ママ

 5月13日に開催した第3回はしご酒大会で、ママを始め、店の娘たちがみんなバニー姿で客をもてなし、大いに注目を浴びた店ラウンジ“風花”(KAZAHANA)のママ。

 静岡市出身で、中学時代はピンクレディーのミーちゃんとケイちゃんと一緒だったという。ミーちゃんは幼馴染みで、ままごと遊びをした仲で、ケイちゃんとはバスケット部で先輩と後輩の仲。

 中卒後、体育の先生を目指し、日本女子体育大学付属高校に進学、東京で生活をする。しかし、女の先生のジャージ姿で化粧もしない顔を見て、体育の先生志望をやめ、高卒後は、大手化粧品会社に就職。

 美容部員として東京で7年間。この時に、スナックで意気投合した小樽出身のサラリーマンと、3、4回のデートで交際1ヶ月での結婚。主人が長男だったので、小樽に20年前にやって来た。子供が2人。

 子育て期間中は専業主婦だったが、小樽でも美容部員として19年勤める。東京での7年間を合わせると、28年間の化粧品会社勤めから、もう1回人生にチャレンジしたいということで、今年の3月に店を開き、もうすぐ4ヶ月という花園では新人ママだ。

 「はしご酒大会」では、店を憶えてもらうため、みんながやっていないことをやろうと、バニーガール姿を考え、札幌から貸衣装をを借りた。女性客の中からは、私も着てみたかったという声も多く挙がった。

 “チャレンジして、チャレンジして、チャンスを掴む”という3Cの言葉が好きで、「私は、いつも前向きのチャレンジャーなの」と、大きな瞳を輝かせ、明るい笑顔で会話を弾ませる48歳のママ。

 花園で開店してわずか4ヶ月のママだが、そのパワーが、今後の花園飲食店街に、大きな力を発揮しそうな予感が大。週末は着物姿という。(バニー写真はクリックすると大きくなります)

ラウンジ 風花

小樽市花園1-8-20
0134-25-7778
(北観協・小樽社交組合加盟店)

2004年6月のベストママ
スナック すてら

赤田 千恵美ママ

 旭川生まれ。6歳で小樽に。高島小、北山中、昭和高(現明峰高)卒後、小樽駅前の国際ホテルに勤める。ホテルの繁忙期でもあり、ホテル業務に忙しい日々を過ごす。

 20歳で嫁ぎ、男の子をもうけ、7年間の主婦業を終え、美容のエステシャンに。夜は花園でアルバイト。小樽最後の芸者さん喜久姐さんの“むかし茶屋”で修業の日々。右も左も解らず、裏方をやっていたが、いつの間にか小唄や端唄、都々逸などを覚える。「月謝泥棒よね」という。世間を知り尽くしている喜久姐さんとは、とても楽しかったと当時を振り返る。

 「のれんをくぐるのに頭から入ったら、牛さんみたいね。手を軽く挙げて入れば良いのよ」と優しく言われ、自然に所作を身に付けるようになった。

 この後、スナック店に移り、現在の場所で店を出して既に8年。花園暮らしは16年になる。

 大きな目で、さっぱりとした性格を窺わせる口調が優しい。美人ママとして知られ、いつも着物姿で客を引きつける。今は家庭菜園に夢中で、店でも出せるキュウリやトマトの野菜作りに精を出す。

 「格好から入るので、農家のオバサンスタイルのセットを買ってきて、頭巾と長靴で農家のオバサンに変身するの。あの頭巾でゴルフをやったら良いと思うのよ」「高校時代はバトンガールをやっていた」といたずらっぽく笑う。「スキーは寒いからやらなかったわよ」

 はしご酒大会では、着物姿で人力車で登場。艶やかさを見せつけた。「もう一度、可愛いお嫁さんを夢見ているけど、もう無理よね。あすは誕生日なの。ネズミ年だけどいくつになったのかな」

スナック すてら

小樽市花園1-9-22
0134-22-6220
(北観協・小樽社交組合加盟店)

2004年5月のベストママ
スナック N・J Only One

佐藤 愛子ママ

 ジーンズが制服のスナック「N・J Only One」のママ。小樽生れ。緑小、西陵中、余市高校へ。高校を中退し、花園スナックのアルバイトに精を出す。すでにこの道、14年になる。19才の時に、「自分は会話が乏しいから、友達がいた神戸のクラブにお話のキャッチボールの勉強に行った」

 21才の時に結婚。「9ヶ月で籍を入れ、子供が生れて1ヶ月で離婚した」と言う。

 「N・J Only One」の店名は、マリリン・モンローの本名ノーマ・ジーン (N・J)から取り、「たった一人のマリリン・モンロー」と言う意味。「キュートなマリリンは、死んだ後でも皆に愛されているので、自分もそうなりたいと店名にした。長年商売をしていて、お客さんが自然と友達になった。1年前に現在の店をやる時は、お金がなく、友達が手作りで店を改装してくれた。電気・水道・ペンキ塗りと、みんな無料でやってくれた」と、おおきな瞳を輝かす。人に会うことが好きで、初めての人に会うことが好きと「人間ウォチンング」が楽しいと、明るく話す。話す言葉の語句も豊富だ。

 持病の脊髄空洞症(キアリ奇形)で、昨年の11月と今年の2月に、頭に手術したことを微塵も感じさせない。顔の表情と会話に明るさが溢れる、花園の若きママだ。趣味は「パチンコと買い物ですね。この前は、2万円が17万円になった。もっとも損をすることの方が多いー」

 1974(昭和49)年生。今年30才になる。「もちろん、再婚したい」 これからが旬のママ。

スナック N・J Only One

小樽市花園1-9-14 フラワーガーデン1F
0134-29-9959
(北観協・小樽社交組合加盟店)

2004年4月のベストママ
スナック PURE(ピュア)

大崎 和江ママ

 花園のビルの2Fの突当たりにあるスナックピュアのママ。美人の双子姉妹として知られ、小樽のザ・ピーナッツに例えられることも。姉妹で小中高も一緒なら、夜の花園でも一緒と仲が良い。花園小、住吉中、潮陵高定時制に学びながら、色内にあった小樽ホテルのオープンから、つぶれるまでの4年間勤めた。19歳で結婚し、一男をもうけ22歳で離婚。バツイチになり、妹の紹介でクラブバイカウントに2年半。のちに、姉妹で花園にピュアの名で、7人しか入れない小さな店を開く。どっちがどっちだか判らない瓜ふたつの美人双子姉妹の店は、大いに流行ったという。祖母も父もかって花園で水商売をやっていて、自分たちで3代目になる。花園暮らしの長さを誇る一家の33歳、今が旬のママ。

 子供と一緒にやるサッカーと、8年の年期のハンディ18のゴルフが趣味。付き合いもあり、年間50回くらいランウドする。あと6年頑張って、中1の息子を大学に入れのるのが夢。「夢がかなったら、39歳で再婚したい!」と、大きなひとみを輝かす。2年前から小樽社交飲食店組合の幹事で、「これからもがんばります」と、小さな口で気合を入れる。双子姉妹で助け合って、夜の花園を生きて来た。これからの花園ママの中核となるママの一人。ピュアという店の名は、開店当時に一番売れていた車の芳香剤から取ったもの。結婚して、週一回だけ店に顔出す妹の幸江さんと頑張る、双子姉妹の姉さんママ。

スナック PURE(ピュア)

小樽市花園1-12-4 第3とみたビル2F
0134-22-6170
(北観協・小樽社交組合加盟店)

2004年3月のベストママ
マラケシユ

栗嶌(くりしま) ゆかりママ

 兵庫県の淡路島生まれだが、1歳半で父の仕事の関係で、家族と小樽に。以後、小樽で育ち、小樽から一歩も出たことがないという樽っ子。色内小、西陵中、双葉高と進み、化粧品の美容部員や保険会社などに10年近く勤めた。

 その後、花園のスナックやクラブに勤め11年。7年前に独立し、スナックのママに、今年で8年目に入った。自分で店をやると、何でも自分で考えてやらならければならないが、いつも店に来るのが楽しいという明るいママだ。

 店名は、松田聖子の曲名から取った、アフリカのモロッコの地名を選んだという。店の名が一目で分かるように、日本が載っていない世界地図が、カウンターの脇に貼られている。店で出すお通しは、料理店を営んでいた母親の手作りで、評判も高い。気さくで明るい気っぷのママに、20代から70代までの広い客層が集う。

 休日の近郊の温泉めぐりと、昨年から始めたパークゴルフに熱中する。今まで一度も結婚したことがない女盛り。「年齢載せてもかまいませんよ」の1966年(昭和41)生まれの38歳。

 「ストレス解消に、たまにパチンコに行くけど、結局ストレスを溜めて帰って来るのよ!」これからの夜の花園を背負って行くママの一人。

マラケシユ

小樽市花園1-11-20 第3二塚ビル
0134-29-5155
(北観協・小樽社交組合加盟店)

2004年2月のベストママ
八多家

八田 陽ママ

 すでにこの道38年。花園1丁目にある“八多家”のママ。生まれも育ちも小樽。花園小、菁園中、潮陵高を経て、自分の希望で2年間東京に。家から呼び戻されて小樽に戻り、スパルビルの近くで店を開く。「その頃は若かったから、お客さんで溢れていた」以来、現在の場所に店を移し、花園で38年。「人に使われたことがないので、客ともケンカした。昔はそれでも通ったのだが・・・」

 本当に不景気になってしまったので、年寄りのママはやっていけないと、店に若い女性が入ったのを機会に、昨年12月にこれまでの家庭料理の居酒屋店から、大きな液晶テレビのあるカラオケスナック店へと大変身。「何で38年も働いていたのに、お金を残せないのか、それが不思議だね。改装費用も全部借入で、これから8年間も返済に追われるので、今度のリニューアルは、一か八かの大冒険だね。」

 「2年位前からドラムを習っているが、全く憶えられない。先生もあきれ果てている。もっと簡単だと思っていたが難しい。ドラムの他にタップダンスもやっていた」と、60歳を過ぎても、何にでも挑戦し続けるバイタリティ溢れるママだ。

 「母子家庭で、子供3人を全員潮陵高に入れたのが、私の自慢」と語る、昭和15年生まれの小樽花園の名物ママの一人。「ちゃんと書いといてよ!」

八多家

小樽市花園1-8-18
0134-25-6031

2004年1月のベストママ
おたるむかし茶屋

野澤 葉子ママ

 チントンシャン・・・粋な三味線の音が、花園小路から流れ出て来る。今年6月に80歳になる、現役の芸者「喜久さん」こと、野澤葉子ママの経営する“おたるむかし茶屋”からの調べだ。

 芸者になって67年。小樽花柳界の盛衰を、身をもって知っている、小樽文化史の貴重な生き証人でもある。

 岩内の床屋に生まれ、尋常高等小学校の頃から、三味線と踊りが好きで、習っていた。踊りがもっと習えると、小樽に来たところが、芸者置屋さんだった。そこの養女となり、14歳で「半玉」に、17歳で「一本」になった。「ちゃんとした試験があり、それに合格したのよ」

 小樽の最盛期には、芸者は300人を超え、市内は料亭や料理屋が軒を並べ、毎晩宴会続きで、1人で何軒もハシゴする程だったという。最も「今では、病院に入っているか、訳が判らなくなっている人や、途中で辞めた人などで、芸者は誰もいなくなってしまったよ。アハハ」と笑い飛ばす。

 戦争中には、芸者を辞めさせられ、小樽の海軍軍需部に勤めたという。小樽港の岸壁で、敵機が船を機銃掃射しているのを見ていた。みんな逃げていなくなってしまったけれど、1人だけで見ていたという気丈さだ。

 船が岸に戻ってくると、船体は穴だらけで、甲板には血がいっぱいで、消防用のホースで洗い流していたという。戦争当時の記憶もハッキリして、話は尽きない。

 戦後に、警察から言われ、24人の芸者が集って復活したが、自分が一番年下だったという。一時は70人位までになり、結構忙しかった。しかし、だんだん客が札幌に流れ、淋しくなった。若い人のなり手もなくなり、みんないなくなってしまった。

 喜久姐さんの頭の中には、往時の小樽の繁栄の様がくっきりと刻み込まれている。倉庫屋・石炭屋・繊維屋・船屋・雑穀屋などの財を成した面々が、連日連夜繰り出し、大賑わいだったという。

 「それにしても、最近の小樽の景気の悪さは1等賞で、こんなのは初めてだねえ」と嘆く。それでも当時を知っている年輩の常連さんが、チョクチョク昔話をしに、顔を出す。この常連さんを相手に、日本酒をグイッと傾けながら、三味線を繰る手さばきと、はりのある声の端唄に、66年を積み重ねた芸者稼業の年期が漂う。

 座敷の敷居の上り下がりも達者なもので、今でも元気そのもの。「病気らしい病気はしたことがないよ。もっとも3年前にルスツに行った時に、てっくりかえってしまって、顔が腫れて、お岩さんみたいになってしまった」と笑う。

 小樽「最後の芸者、喜久姐さん」こと、野澤葉子ママだ。チントンシャン・・・・。

おたるむかし茶屋

小樽市花園1-8-24
0134-22-8736