「茨木家中出張番屋」を修復 地域のコミュニティの場に


ibaragi.jpg 鰊漁で栄えた小樽の栄華を物語る、祝津地区の鰊番屋の一つ 「茨木家中出張番屋」 で、地域のコミュニティの場に再活用する修復工事が目下進行中だ。
 修復・再活用を進めるのは、商工会議所・小樽市・建設事業協会・観光協会・祝津たなげの会などの「北後志風土ツーリズム協議会」(鎌田力代表)。漁場建築を修復し、地域の文化財を活用して、新たな観光事業を創出するため、6月1日に発足した。
 「茨木家中出張番屋」(茨木誠一氏所有)は、手宮から祝津に抜ける道道小樽海岸公園線の通称”番屋通り”沿いに建つ。江戸時代の社殿・恵比寿神社の鳥居の脇にあり、木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建(279.33平米)。外観と内部は伝統的な鰊番屋の趣を伝える、祝津地区の三大網元の番屋。
 屋根は四つの方向に傾斜する寄棟。頂部に、煙出しがあり、玄関の屋根を支える板や格子の窓を支える持送り(横材・ブラケット)には一つひとつ彫刻が施されている。玄関正面には、かまどが据えられ、座敷が6室、漁夫が寝泊りする”ネダイ”が設置されている。
 「外観の破損状態から受ける印象とは異なり、明治時代に建てられた番屋の様子をよく残しています。それはこの番屋が堅牢な木造建築の技術によって建てられた証ともいえる」(北海道職業能力開発大学校の駒木定正助教授)としている。
 1954(昭和29)年に鰊の群来(くき)が途絶えるまで、漁夫(ヤン衆)が寝泊りして使用されてきた。昭和50年代までは住宅として使われたが、この後、約30年間は未使用のままとなり、屋根の先端やトイレの棟が傾き、北と西側の土台が腐食するなど、損傷が激しさを増した。
 所有する茨木さんは、倒壊の恐れがあるとして、5年程前から解体することを検討していた。しかし、祝津地区の活性化を目指す「祝津たなげの会」など地域住民は、「祝津地区には40棟あまりの歴史的建物が多くあり、全道で、一番鰊番屋が残っている。この貴重で大型番屋をなんとか残したい」と存続を訴えた。
 今回、国土交通省の「建設業と地域の元気回復助成事業」に選考されたことから、2,500万円の補助金を活用して修復工事を行い、建物を再活用することを決めた。所有者の承諾を得て、関係団体が集まり協議会を発足させ、12月22日(火)に工事の入札を実施。このほど、海陽亭や早川商店など市指定歴史的建造物などの補修経験のある市内の山谷建築と契約を締結した。
 工事は、2010(平成22)年5月22日・23日の祝津地区の”にしん祭り”でのお披露目を目指し、約5ヶ月間の予定で進められる。修復工事に充てられる費用は4分の3の1,800万円で、残りはソフト事業に使用することになっている。
 同協議会では、「壊れた番屋だと、地元の人は価値を認めない。ぶっ壊してしまえという声につながってしまうが、群来陣のように修復すると良い建物だと認識してもらえるので、これがひとつのきっかけになってくれれば嬉しい。これで、青山、白鳥、そして茨木と、昔の三大綱元の番屋が復活することになる」と話す。
 修復後は、地域住民のコミュニティ活動の拠点とし、観光インフォメーション、水産物の販売、子供のヤン衆体験学習などを行うことにしている。同所での利益は、祝津地区に眠る建物の改修費などに充てる。
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 北後志風土ツーリズム協議会