小樽の北運河に停泊している市内で現存する最後の艀(はしけ)が、8月17日(月)から解体撤去されることとなり、15日(土)17:00から市民有志らによるお別れ会が開かれた。
全長24m・幅8mの艀は、1969(昭和44)年に建造され、小樽港の沖合いに停泊していた大型船と運河沿いに並ぶ倉庫への荷物等の橋渡しを務める大事な役目を果たし、小樽港の繁栄を支えてきた。
大正時代には、約600隻の艀が運河内を行き交い、積み下ろしに携わる労働者は1,300人以上と最盛期を迎えたが、大型船が直接接岸できる埠頭の整備が進み、艀の仕事がなくなり、1989(平成元)年には姿を消した。同年に、郵船海陸運輸(現在のノーススタートランスポート)が小樽市に寄贈。2001(平成13)年に改修され、北運河に停泊したままとなっていた。
最後の艀は老朽化が進み、維持管理が困難なため、解体撤去を決定。子どもの頃から艀を見て育った市民有志らがお別れ会を企画。面野大輔市議会議員が呼び掛け人となり実行された。
会場に祭壇を設置して、艀に潮まつりの提灯などを飾り、おたる潮まつり実行委員会・中野豊委員長をはじめ、坂田理運営委員長、手宮地区連合町会荒谷しげ子会長、おたる潮太鼓保存会ら約50名が出席した。
小樽稲荷神社・木村文彦宮司による清め祓い後に、同保存会12名による太鼓の打演で会を盛り上げた。太鼓の音が響き渡り、かつての小樽港で艀が活躍した時代が思い描かれた。
小樽商科大学・高野宏康学術研究員は、「艀は、小樽の近代化や発展に大きな役割を果たし、小樽運河のシンボルと言える遺産です。私たちは、艀と小樽港・小樽運河の歴史を後世に伝えていかなければならない。解体後、廃材がどうなるか具体的な予定は決まっていないが、一部でも保管して、将来的な活用に繋がることを強く願う。小樽に残る様々な歴史遺産が、これ以上失われないように、私たちは心をひとつにして、保存と活用に取り組んでいきたい」と、メッセージを寄せた。
面野議員は、「艀を見ると老朽化が進み、厳しい状況であることが分かるが、そうなる前に何か手立てができなかったのか悔やまれる。解体後の木の部分については、市内の作家に話を聞いたところ、1年ほど乾かしてから使用できるのではとの答えがあり、今後、活用についても考えていきたい」と話した。
◎小樽観光協会おたるぽーたる 小樽最後の艀(はしけ)が撤去される(外部)