海運業の名門として知られる板谷商船株式会社(色内1・板谷宮吉代表取締役社長)は、22日(月)までに倉庫やスポーツクラブなどの不動産、系列食品会社などすべてを売却。「年内か年明けか分からない」(同社幹部)が、近々解散する方針だ。
同社は、新潟県出身の初代・板谷宮吉が、1893(明治26)年に創業。しょうゆなどの原料を新潟から運ぶため、小型汽船を購入したことが、海運業に乗り出すきっかけとなった。その後、船舶を購入し事業を拡大し、1912(明治45)年に株式会社を設立。小樽から日本有数の海運王となった。
2代目・宮吉は、海運業だけではなく、銀行、鉱山や農場経営など、幅広い分野で成功を収めた。1933(昭和4)年から1937(昭和8)まで報酬を得ないで小樽市長を務めた。敷地1万坪と4億円(現貨幣価値)を寄付して、長橋中学校の前身・市立小樽中学校を建てたことでも知られている。
堺町から東雲町への「見晴らし坂」を上ったところには、港と石狩湾を見下ろす屋敷「旧板谷邸」が建つ。現在は、札幌の不動産業者が所有する。
同社の2010年3月期の売上高は11億円だが、今年に入り、板谷スポーツクラブ・ウェルビー(花園4)や倉庫(北日本冷蔵・高島1)の所有物件すべてを売却。借入金の返済とともに、現在いる4人の従業員の退職金に充て、「借金が重荷になったとか言われたが、それだけなら倒産しちゃうでしょ。総合的に勘案して、年内か年明けかは分からないが解散する」(同社幹部)としている。
板谷商船の終焉が、小樽の街の盛衰を物語っている。
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