世の中、至る処に飲食店あり。飲食店の数も知れず、そのメニューの数もまた知れない。
小樽にも数多くの飲食店あり。数多くのメニューが存在する。各店で備えられたメニューを見て、客は自分の好みと食欲に合わせ、その日のメニューを選ぶ。メニューこそその店の顔を浮き上がらせ、店と客を繋ぐ接点である。
世の中、数々の工夫を凝らしたメニューがある。パリのトゥール・ダルジャンの銀箔の大判メニューも素晴らしいが、小樽の静屋通りにある日本蕎麦店「籔半」の小冊子のメニューには、これに劣らぬ滋味が溢れている。
全96頁の小冊子メニュー「やぶはん おしながき」は、表紙に、夏目漱石の「吾輩は猫である」の蕎麦に関する一節が載せられている。店が提供するメニュー部分だけでも49頁に及ぶ。
「あられそば:馥郁たる江戸の香り。あおやぎ貝の貝柱(小柱)と蕎麦。海と山の幸が丼の中に織りなす、淡泊にして豊潤なる味のハーモニー。小柱は熱いそばとツユに沈めて食べますと旨味とコクがツユに溶け出ます」と記され、思わず生ツバが出る。それぞれの品に付けられた説明文も面白い。
そばの蘊蓄(うんちく)を語る「蕎麦屋とわずがたり」、「そばやで一ぱい」、「てんぬきたべたか」等の読物や、「おいしい生蕎麦の茹がき方」という実用物もある。趣のある同店の建物の由来を記す「蕎麦屋籔半物語」までと、内容も豊富な冊子となっている。
同店では、汚れたり使えなくなった「おしながき」の改訂版の製作をかねてより進めていたが、この2月にようやく完成した。新たな「おしながき」が、2月からテーブルに備えられた。客の中から、このメニューを譲ってとの要望もあるが、同店では、数に限りがあり「ご遠慮願っている」とのこと。
店主の小川原格さんは、小樽運河保存運動や小樽雪あかりの路などで活躍、小樽の名を高めている。パソコンでは、愛用のMac(マック)党として知られ、このメニューの中にも、製作に使用した数々の愛用Macの1頁も加えられている。
「たかがメニュー されどメニュー」の世界がここには広がっている。
◎籔半HP