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 12月のベストママ 2005

山岡 セイ子 ママ

 「私の主人はダンディーだった。ロマンの塊だったのよ。本当に良い男だったわ」と、亡くなったご主人の店を、長年一人で守り続ける、花園の婦人洋服店「ハカタ」のママ。

 40年前にご主人の山岡祥二さんが創業した「ハカタ」。繊維や呉服などを販売していた。「当時、(祥二さんが)こげ茶色の風呂敷を担いで出かけたのを、今でも思い出すわ。小樽の港が栄えていてね、なんでも売れたのよ、本当に」と、当時の活気があった小樽を思い出す。

 大型店などの進出で商売は難しくなってきているが、11年前に花園にあった店から、現在の花園公園通りに店を新たに出した。11月1日には2号店として、都通りアーケード内に稲穂店をオープンさせた。「小樽の人は本当に優しい。今、こうやってお店があるのも、ずっと通い続けてくれるお客さんがいるからなのよね」と、小樽人の暖かさを感じているという。

 お店を手伝い始めたきっかけは、20年前に亡くなった具合の悪い夫の体を支えるためだったという。「毎日主人の写真を見て、『1日がんばります』と見守ってもらってます」と、店のレジのそばに飾ってある祥二さんの写真を見上げる。新しい店を持てて、小樽のお客さんが通い続けてくれるのは、ご主人が導いてくれたんだという。

 「今は長男にお店を譲りたい、残したいと、そんな思いで毎日がんばっています」と話す、元気で明るいママ。買物客に親身になって、「この服がいい」、「じゃあ、わたしが着ちゃおうかな」などと、冗談も交え接客する、花園の婦人洋服店「ハカタ」のママ。

婦人洋服店「ハカタ」
営業時間10:30〜19:00(不定休)
小樽市花園1-11-12
0134-22-0555

 11月のベストママ 2005

尾花 涼子 ママ

 「小樽の近所の方々に助けられ、今でも助けてもらい本当に心強い。小樽の人は本当にやさしい」と語る、小樽歴10年で商大生のママとも呼ばれる、喫茶コロンビア(花園1)のママ。

 大自然に囲まれた十勝で生れ育ち、高校を卒業してから、仕事の関係で帯広や札幌、苫小牧、赤平など北海道を色々回ったという。仕事場で知り合ったコロンビアの啓史マスターとの結婚は、「無理やり婚だった」と笑って話す。

 仕事の都合で十勝から札幌に行くことになったママを、マスターが車で連れて行くことになった。その途中、マスターが「コーヒーでも飲まない」と聞き、「はい」と喫茶店に寄ることに。「その喫茶店は、マスターの実家(浦臼)で、親戚中が集まり待ち構えていたのよ。私は絶句して、本当に何も話せませんでした」

 その後、上司から言われた「男性に惚れられて結婚するのが、女性は一番幸せ」の一言で、「そうかなぁ」と結婚したという。

 そのマスターの第2の人生の夢は喫茶店を始めること。10年前に売りに出されていた現・コロンビアを見に来て決めたという。初めての小樽、商売とあって「何も知らず、商売も人も初めてで大変だった。でも、ご近所さんに本当に助けられた。今でも『たばこやさん』、『蔵寿司さん』や近所の方々に助けられ、仲良くして頂いている」

 「当時は本当に忙しかった。この花園の通りはすごく賑やかだったの。店の前でケンカがよくあって、何度も救急車を呼んだことがあります」と当時を思い出す。

 「今では花園を歩く人が少なくなり、3、4年前は昼の11:00から夜中の3:00まで営業していたが、今では12:00には閉めるの」と寂しそうに窓の外に目をやる。しかし、「毎週決まった曜日に来てくれる常連客のため年中無休で営業し、12月31日は初詣のため、夜11:00から元旦の朝5:00まで営業しているの」と語る。

 「休みはなくて大変だけど、唯一の楽しみは、月に一回のポーセレン・レースドール教室に東京まで通う4日間の休暇」

 この教室に通い始めて4年が経ち卒業間近。資格を取り、北海道小樽で来年の2月に教室を開き、たくさんの人に知ってもらいたいという。

 10年前にオープンしてから、商大生の集いの場として、活躍する喫茶コロンビアはすべて手づくりで、ラジオやテレビにも出演するほど。ここのチョコレートパフェはボリュームもあり大人気。小樽人であれば「コロンビア」と聞くと、ここ花園の喫茶店が頭に浮かぶくらいだ。この喫茶コロンビアの看板 「商大の卒業生が遊びに来てくれたりして、本当にありがたい」と、客一人一人を大事にする、学生のママであり花園の美人ママ。

喫茶コロンビア
営業時間11:00〜0:00(年中無休)
小樽市花園1-10-2
0134-22-4995

 10月のベストママ 2005

高橋 希未子 ママ

 「靴を見飽きる時は死ぬ時。元気なうちはずっと靴屋をやっていく」と、現役バリバリで“靴の地球屋”(花園1)を営業している看板娘。77歳の元気ママ。

 小学校5年生の時に手の骨を折って、その夏の修学旅行1泊2日の海水浴に行けなかったことがあり、頭の中でずっと「小樽」に行きたかったというママは、樺戸郡浦臼町鶴沼出身。「21歳の時に、姉の紹介で知り合った小樽出身の旦那と結婚したの。小樽出身に惹かれてしまって」と、念願の小樽移住を果たした。

 「靴の地球屋」は、希未子ママの夫・高橋栄治氏が創業してから55年が経つ。当時の小樽では、スキーが栄えていたので、栄治氏は、職人を集め、レース、ジャンプなど、競技用のスキー靴を注文だけで作っていた。

 1953(昭和28)年冬に、花銀で商売する客が「寒い、寒い、暖かい靴はないの?」と入って来て、その時に、動物の皮を中に入れて防寒靴を作ったことがきっかけになり、広く知れ渡ることになった。職人が7、8人働き、東京からも地球屋の靴を買い求める客がいたという。

 創業から13年後に、アメリカから、プラスチックのスキー靴が輸入されるようになった。地球屋では、手縫いのスキー靴の製造を打ち切り、紳士・婦人靴の製造だけに絞った。その後、栄治氏は「俺を死んだと思え、この靴屋を潰すも、活かすも、お前の自由だ」と、ママに言い残して、紳士靴のメーカーを立ち上げに東京へ上京した。「どんなに苦しいことがあっても、辛抱したとは思っていない。前向きな性格なの。絶対人を恨まないって信念も持っている」と、ママは当時を思い出しながら語る。

 アメリカからのプラスチックのスキー靴の輸入増加により、地球屋の職人も減っていき、婦人靴の小売店へと移り変わり、靴を仕入れに東京に足を運ぶようになったという。ママは「今では、札幌で仕入が出来るようになり、身体が楽になった。仕入れに3時間もかけて、自分でも履きやすいものを見つける。問屋さんに説教することもあるの」と、笑いながら話す。

 「朝の挨拶が一番大事、それが自分に対する元気づけ。心に張りを持たせる」と、現役バリバリの靴の地球屋の看板娘。77歳の花銀ママ。 

靴の地球屋
営業時間10:00〜19:00(年中無休)
小樽市花園1-10-2
0134-22-5537

 9月のベストママ 2005

平野 ケイ子 ママ

 花園グリーンロードの向いにあるCafe&Bar ポプリ(香葉)のママ。小樽と同じ山と海がある木古内町の出身。高卒後に叔父を頼って、小樽生活を始めた。

 最初は時計店に勤め、その後フジカラーに10年。旧青山別邸(貴賓館)に11年半と、キャリアウーマンとして活躍。この間、結婚も離婚も経験した。

 友人がビルを建て、店をやらないかとの誘いに応じ、昨年12月1日にオープン。

 「何も基礎が無く、突然のオープンなのに、お客さんが来てくれるようになってうれしい。これまでお世話になっていた青山別邸(貴賓館)の人たちも来て頂いているし」と、お客への感謝を忘れない。

 小樽の街は、良くも悪くも、よそ者を受付けないところがあり、かつて営業に回った頃は苦労したと振り返る。しかし、小樽の街は、一度受入れてもらえると、親身になって声を掛けてくれて、本当に人情味のある所だと思うと話す。

 「海があって、山があって、夏は泳げて、冬はスキーもすぐ出来る。四季を身体で感じて住めるのが良い。春に一斉に花が咲く頃が好き。これからの秋は、冬がすぐ来るのでちょっと淋しい」と、柔らかい口調で話す。

 18歳高卒後からの小樽生活も既に35年。今ではすっかり小樽人としての日常がある。ソシアルダンスが趣味というママは、店をオープンして、「結構大変なのよ。身体が痩せてしまって」と、脱サラからの転身に戸惑うことも。

 10:00から営業し、モーニング・ランチ・ナイトメニューがあり、日替り弁当(780円)は4品付きで、冷凍物を使わず、手間を掛けたものを提供し、お客さんから上品だねと言われるという。

 微笑うと一層細くなる目が柔らかい、笑顔が溢れる、花園ママのひとり。

Cafe&Bar ポプリ(香葉)
営業時間10:00〜21:00(日曜定休)
小樽市花園3-4-9
0134-33-7965

 8月のベストママ 2005

(あたらし) 明美 ママ

 「小樽の女は尽くすのよ。尽くし過ぎて小樽の男は駄目になってしまうのよ!」、「人と居るのが好き、酒を飲むのが好き」と言うママは、花園町では1カ月余り、なりたてホヤホヤの新人ママ。

 天狗山スキー場で子供の頃から滑っている、市内長橋生まれ。双葉高を出て、市内都通りの洋品店に勤めた後、自動車ディーラー店に勤務。ハワイに行けるのが楽しみで、夜のバイトを始め、勤めたスナック店のママに可愛がられ、何でも相談に乗ってくれたと感謝する。

 6月下旬に店をオープンして、1カ月ちょっとが経った。ママと呼ばれるのも最近になってからで、まだ実感が湧かないが、明るい店の女の子たちに助けられているという。

 何でも円満に丸く収まるのが好きで、○を描いてエン(enn)の店名にしたという丸好き。お店に来ることは、いろんな人に会えてうれしい。

 小樽の人は、地元意識が強いが、やさしく付合えてすぐに仲良くなれるのが良い。

 「スナックのママがこう言うのは良くないですけど、生き甲斐は子供たちですね」と、24歳で結婚し、1男1女の母でもある。もう一度結婚して傷つきたくないと言うが、スナックのママの仕事を理解してくれる人が入れば良いなとは思うと明るく笑顔で話す。

 最初はお客からも無理だろうと言われた店も、2カ月目に入り順調に滑り出している。

enn エン
小樽市花園1-8-11
   とみたビル2F
0134-24-2028

 7月のベストママ 2005

関根 順子 ママ

 「旅に出ても、小樽駅に降りた時と、国道5号の朝里のカーブを曲がり、小樽の街の灯りが見えると、本当に心からホッとするのよ」と、小樽人なら誰でも抱く感慨が好きという。生まれも育ちも小樽っ子の還暦+2年生の小樽人生を送る。

 小学校は1年から3年までを量徳小で、4年から6年が堺小、中学も西陵中から東山中に。学校の適正配置の影響をもろに受けた世代だ。

 来年で廃校予定の量徳小と堺小、すでに廃校となった東山中と、「私が行った小学校も中学校も全部無くなってしまうのよ。淋しいことだね」と嘆く。「7月9日に堺小のクラス会を市内のホテルで開き、最後だから学校を見学して当時を偲ぶの」と言う。

 「おまけに出身の双葉高校も男女共学になってしまって、女子高だったのに残念だ」と嘆きが止まらない。

 高卒後、大黒屋デパートに9年勤める。当時はとても活気があり、デパートガールは「花、花、花だったのよ」 結婚して1男1女を育てる。

 45歳の時に花園にスナックをズブの素人で遅咲きのオープン。今年の4月にリニューアルしてオープン。水商売が好きで、札幌すすきので修業した娘さんが手伝うことに合わせてのリニューアル。今では親子と長年勤める女性とで、常連客の相手を和気あいあいと務める。

 「昔ゴルフをやっていたけど、リュウマチで指が曲がって出来なくなったのでやめたの。店は同じ場所で17年もやっているのよ、判るでしょ、私の性格が。ドライブは好きだが、だれも乗せてくれる人もいないし、今はただ歩いているだけなの」

 「62歳にしてこの艶なのだから、うちの看板女優ですよ」と、店の女性の声。

 マイクを握ったら放さない、カラオケ好きの明るく気さくな62歳のママ。

スナック祥(さいわい)
小樽市花園1-9-20
   潮銀座ビル1F
0134-29-2355

 6月のベストママ 2005

中村 さやか ママ

 35年間の小樽生活。廃校になった石山中学の円形校舎のホールや螺旋階段を懐かしむ樽っ子。

 高卒後、日本ビジネス総合専門学校で学び、札幌で東洋水産などでOL生活。当時は、札幌と小樽では10万円も給料が違ってたという。小樽の生協の花屋さんを任せられ8年間。花のアレンジなら結婚式でもなんでも出来る。「花を見ていたら幸せ」で、花屋さんになるのが夢。今すぐにでも花屋さんになりたい。カントリー系のアンティーク雑貨を集めるのが大好きで、高いけどお金をかけて集めている。いつかは花屋+雑貨+珈琲の店が持てたら最高と、夢を追いかける。

 花園暮らしは、まだ4年間。アルバイトで2年間。2年前にスナック『凪 nagi』をオープン、花園ママの仲間入り。海が好きで店名も内装も海のブルーと穏やかさから取っている。

 泣くときもいつも海を見ながら、大同倉庫前の港に車を止めて泣いている。もちろん、悔し泣きよ。集中力を高めて考え事をする時も、いつも夜の港に行く。

 はしご酒を主催する北観協の幹事を務める。海あり山あり人情のある小樽が好き。ハキハキした口調の明るいママだ。「昨日は姪っ子の運動会で、こんなに日焼けしたのよ。」

 独身で花婿募集中。好きなのはゴルフ。今年は110を目指す。

『凪 nagi』
小樽市花園1-9-7
スターライトビル3F
0134-24-6333

 5月のベストママ 2005

中峰 久美 ママ

 岩見沢生まれ。10歳の時小樽に引越し、花園小、菁園中から、「お嬢様しか入れない双葉高に行ったのよ!アッハッハ。」

 高校の時から、市内の洋菓子店でアルバイト。「高卒後も就職先がなかったので、そのまま雇ってもらった」と、ケーキ工場に2年間勤める。「私がいた頃のおばちゃんが、そのまま売店にいて、懐かしがってくれる」という。

 20歳から、花園で3軒のスナック経営をしていた父の店を、姉と手伝う。その頃は、土曜日など行列ができ、カウンターもびっしりで、大盛況だったという。美人姉妹として有名で、「姉は私よりきれいよ。」

 25歳の時店のお客さんだった寿司職人と結婚。「お店のお客さんだったのでだまされた!」

 中峰信二店主は、TVチャンピオン全国寿司職人選手権の第1回・第2回連続優勝の腕前。「ちょうど、握なか一の店を建てていた最中の3回目は、優勝を逃し、2位になっちゃたのよ。がっかりしたわよ。」と嘆く。以後、二人三脚での寿司店経営。2000年7月に色内大通りと寿司屋通りの角に新店をオープン。2005年4月には「小樽出抜小路」にも出店。「出抜小路」の小さな店では、客との会話も弾む。飲みっぷりの良いママはぐいっと盃を飲み乾す。

 現在は、仕事と3人の子育てとでいっぱいいっぱいで、「ゴルフのセットは持っているが、スコアの数が数えられないくらいよ。」

 「家に帰ると、自分一人で飲む時も、ベッドに行けず、流しの前で寝ていることが何度もあるのよ」と笑う。「でも流しの前で寝ていると、子供が引きずってベッドまで運んでくれたり、タオルケットをかけてくれたりと、可愛いのよ。お母さんがだらしないので、子供がしっかりしているのよ!アッハッハ」と、3人の子持ちのママの顔になる。

 明るさと頭の回転の良さと美貌でお客をさばく。隣の客が「ママはお勧め上手と書いといて!」と声がかかる。「ワサビとガリは、もういくらでもどうぞ!」 38歳の美人ママ。

すし処 握「なか一」

 なか一HP

本店

小樽市色内1-10-1
0134-24-1777

出抜小路店 

小樽市色内1-1
0134-34-1712

 4月のベストママ 2005

三上 幸江 ママ

 花園1丁目に昨年オープンした『アリュール』のママ。祝津の生まれで、海が大好きのママ。シャネルの香水名から取った店名『アリュール』は、音の響きから一決した。

 「ネットで調べたら、気品のある振る舞いとか、華麗さなどの意味が有ったのですぐに決めたけど、洗剤の名前と間違われるのよ」と大笑い。若い頃は、運転免許をとって運転の仕事をやっていたという。お菓子や製麺、飲料水等の配送を2年間やったが、朝の3時半から夜までの勤務で死ぬかと思ったと、当時を振り返る。

 18歳から花園で夜のバイトを始めて、気が付いたら夜一本になっていた。27歳の時から友達と共同経営の店を3年やって、昨年12月から独立。一人立ちのママとなった。「お風呂が大好きで、入ったら長いのよ。最低3時間は入って、のんびりするの」

 20歳で結婚。二女の子育てに孤軍奮闘中だ。「次女は、お笑い芸人を目指している。天然だから」

 最近は、ネイルアートに凝っている。2週間しか保たない手と足のネールに6時間かけるという。

 ちょこちょこなんでもやって見たいタイプといい、スノーボードやゴルフもかじる。今年はゴルフをいっぱいやりたいと目を輝かす。「小樽の夏が大好き。早く夏にならないかな」と、夏好きの元気で明るいママ。

スナック アリュール
小樽市花園1-11-18
0134-24-4484

 3月のベストママ 2005

会田 里砂 ママ

 「小樽っ子だもの、スキーは得意よ。子供の頃から、天狗山・朝里・オンズのスキー場は滑りまっくっていたのよ。昔は、天狗山のダイナミックコースを下り、松ケ枝の道路をスロープ代わりに、人の家の庭を横切って、家までスキーで帰ってきたものよ」と一気に話し大笑いをする。

 入船育ちで、高卒後は2年間就職。アサヒビールのグルメランドやマリンウエーブのレストラン勤め。夜はアルバイトに精を出し、21歳の時現在の店を開店。以来12年目に入っている。

 この間に結婚もバツイチも経験。今は小1の息子と、3歳からやらせているスキーに行くのが楽しみという。

 「この11年間で、何が変わったかと言って、自分の身体が変わったのが気に入らない。12キロも太ったのよ!脂肪売ります!誰か買って下さい!」と、小さな店に屈託のない笑い声が響く。

 「21歳で店をオープンしてから、小樽から外に出たことがない。海外旅行が大好きで、サイパン、ハワイ、グアムには何度も行ったのよ。だけど小樽でやったスノーモービルで走り回ったことが楽しくて忘れられない」と、小樽が大好きなスナックママ。

 「女だけどオカマ風味なの」と笑い、はしご酒大会では、トラックの上に乗って景品を配るという。「お客さんみんなに、男じゃないのかとよく言われる。」ハキハキした語り口と笑い声が堪えない明るいママだ。

スナック Misty ミスティー
小樽市花園1-11-16
0134(27)4335

 2月のベストママ 2005

油木 恵美子 ママ

 高校生の頃、小樽の街で遊んだ記憶が今も懐かしい。都通りやサンモール一番街は、田舎の高校生には魅力的で、余市からバスに乗って毎日のように通ったという。

 積丹半島美国生まれで、マグロ漁師を父に持つ。お父さんは72歳の今でも船に乗り、積丹沖でマグロ漁に精を出す。「父の手の指、あれは太いのなんのって。もうバナナみたいよ。ほとんど化け物だね。あの手ではたかれて、鼻血が出てすっ飛んだこともある」と笑う。

 余市高校の時に小樽に来ると、都会に来た感じだった。人もすごかったし、いろんな店があり、買物・映画・喫茶店・マックなど、皆でだべっていた。

 高卒後、札幌でバスガイドに。ガイドの仕事はきつくて、1年で半分が辞め、2年でほとんどがいなくなるという。

 札幌ではいろんな仕事、ゴルフセンターやススキノで夜のバイトもした。あの頃はバブルで、チップの方が給料より多かった。あの頃は食べて飲んで遊んでで、本当に楽しかったと大笑い。24歳で結婚、一女を産むが、夫はガンで若くしてなくなる。

 マッサージの仕事は5年前に、札幌のエステ店で始めた。朝里川温泉に来たのは昨年9月から。リラクゼーションマッサージ“ゆらぎ”のママに。

 「肩幅がガッチリしているので、肩を削りたい。この肩は嫌だ。今日は駐車場の雪かきをしてたら、汗で化粧が流れ、ベロベロに剥げてしまった」と大笑い。

 明るい気さくな美人ママで、この手でアロマオイルマッサージをされると、癖になる人が多い。

 ドライブとカラオケが大好きで、よく娘さんと行くという。演歌も、高橋真梨子も、今井美樹も大好き。「夢をあきらめないで」「プライド」は、必ず欠かせないと明るく笑うエッコちゃんでした。

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リラクゼーションマッサージ“ゆらぎ” 閉店
小樽市朝里温泉2丁目 ゆらぎの湯2階
0134(52)0533

 1月のベストママ 2005

色摩(しかま)久子 ママ

 額の中央にいなせな豆絞りが、キリリッと巻かれて、寿司屋職人の心意気があふれる。板場で寿司を握る、全国的にも知られた女性寿司職人で、小樽の花銀通りにある寿司・和食「しかま」のママさん。

 積丹の入阿のニシン漁場の出身で、子供の頃からさかなに慣れ親しんでいた。小樽の仕出屋に6年間勤め、二十歳で職場結婚、子供2人を育てる。夫が独立して寿司店を開き、それからは、夫婦二人三脚で店の発展に力を注ぐ。

 昨年4月に、これまで借家だった2店舗を統合し、約2億円を投じ、自前の新築ビルに生まれ変わった。「やる前は心配したが、高齢化社会に対応したバリアフリー設備と畳にイス席の和室などがお客さんに受け入れられ、順調にいっている。お客さんににゆっくり食事していただけるように心掛けている」(色摩文孝社長)。

 結婚してから、夫である社長の手ほどきで握りだし、すでに30年近くが経つ。今では店の握りの半分位は握るというベテランでもある。「小樽は魚もおいしいし、住みやすい。子供のころの積丹より小樽が永くなって、小樽が好き」「自分の店だったから女性でもやってこれたが、女性職人として他の店で修業するのは大変で無理だと思う」。

「趣味は握り、生きがいは寿司」と言うママも、「娘が店を手伝ってくれる」と声をはずませる。この時ばかりは、女性寿司職人も母親の顔をのぞかせる。昭和23年生、今が盛りの小樽の寿司店の女将さん。

 しかまHP

寿司・和食「しかま」
小樽市花園1-2-5
0134(25)4040