![]() |
|
|
|
|
|
小柳 聖子 ママ
サンモール一番街商店街にあるレンガ横丁で店を構える「秋ない春夏冬」のママ (60)。 とにかく料理をすることが好き。高校生の時には、洋菓子店や寿司店、中華レストランなど様々な飲食店でアルバイト。学校帰りに、同級生を家に招き、スパゲ ティやカレーライスなどを作り、ご馳走していた。 「お店で食べても、自分が美味しく感じるものがなかったので、自分で作ってみたの。ただ美味しいものが食べたかったの。作って食べてを繰り返していたら、 人にも食べてもらいたくなったの」 高卒後、昼は製菓会社の事務職として、夜はキャバレーの厨房で、昼夜働きづめの毎日を繰り返していた。市内のスナックで呑んでいたとこ ろ、若い3人組の男性と席が隣り合わせになった。食べ物の話で盛り上がり、今度家に食べに来なさいと誘った。「逆ナンしたの」 そのうちの一人が現在のご主人で店のマスター・秀勝さん(44)だった。一度、家に招待してから交流を深め、「プータローだった僕の胃袋をつかまれた」(マスター)と同棲するようになった。一緒に住み始めてから、ママが体調を崩し入院。その看病にあたったマスターも、疲労で倒れ入院。同じ病院で共に入院生活を送り、退院後に“年の差婚”。「歩行器に乗ってパンを持ってきてくれる健気な姿にキュンとした。体が弱く、一人で生活していたから」(マ スター)。 友人からテナントスペースが空いているとの連絡があり、旭川で定食屋を経営することになった。学校や観光バスなどに弁当を販売し、忙しい毎日を過ご していた。たまたま小樽に帰省していた時、ママが足を骨折。「小・中学校と短距離の選手だったから走りたくなったの…」。しばらく働けなくなったことから旭川の店をたたみ、小樽に戻ってきた。 この後、二人で東京に出稼ぎに行ったり、帯広や福岡、函館、青森などの屋台回りも経験。「お客さんとの距離が近く、コミュニケーションが取れる屋台が大好き。2人とも小樽出身だから小樽で骨を埋めようと思っていた。ちょうどレンガ横丁の話があり、2007年から営業を始めた。お店は屋台じゃなければやらなかった。そのぐ らい屋台が好き」 店には、ママ自慢の手作りおばんざいやその日市場で仕入れた魚の料理を置く。全国の酒屋から直接仕入れる日本酒も自慢だ。毎日50種以上の酒類を揃える。ただ一番の人気メニューは「ママの酔っ払った顔」(マスター)。 「波長が合わずケンカをするが、人には分からない仲があるの」とラブラブ。大好きなマスターと二人三脚で屋台を営業するチャーミングな人柄のママ。 秋ない春夏冬 |
|
|
|
萩原 絵理子 ママ
天塩の出身。札幌の短大を卒業後、就職はしたものの職場環境に馴染めず、その時は深く考えもせずに退職し、知人の紹介でススキノの居酒屋や焼肉店を、店の事情などで転々としていた。時間が経つにつれ、「飲食業界を離れたい」と思うようになり、介護ヘルパー2級の資格を取り、看護助手に。 調理師だったご主人が、姑・義姉が2005(平成17)年から始めた手打ち蕎麦屋を手伝うことになり、結婚後は、飲食店でア ルバイトした経験のあるママも、店に出てサポートすることになった。 店は、建築家の義父の協力で呉服問屋を改装し、広い空間を使ってゆったりと落ち着ける和風仕上げに。蕎麦は、ご主人が作る更科蕎麦と姑が作る田舎蕎麦の2種類から選ぶことが出来る。人気があるのは、上品な口当たりと爽やかな喉越しの更科蕎麦だが、歯ごたえのある太打ちの田舎蕎麦も絶品だ。 「主人と付き合っている時、蕎麦屋をやるという話を聞いていたが、まさか、こんな風に店にどっぷり浸かって働くことになるとは思わなかった」 ホールスタッフとして働くが、営業時間外は蕎麦打ちの手伝いも。粉に湯を入れてこねる最初の作業と、生地を長方形にのし広げる最後の作業をする。 「最初と最後の良いとこ取りなの。一番大変な作業は、主人がやってくれるの。優しい人」とご主人に視線を向ける。 男の子2人の母親で、子育てのため毎日16:30までの勤務。「小樽に移ってきたが、住み難くはない。近所の人や従業員もみな人柄が良く、ストレスを感じない」とニッコリ。 「せっかくヘルパーの資格を取ったので、その仕事も再開したいと思っているが、主人いわく『もう店からは抜けられないよ』って」とつぶやく。明るくサッパリとした性格で、はつらつとして清々しいママ。白い肌にバラ色の頬が魅力的だ。 本格手打ちそば「いろは」 |
|
|
|
村上 佐伊子 ママ
昼は、小樽の問屋で働き、夜はスナック経営と忙しい毎日を過ごしていた。「何がなんだか分からないうちに何年も過ぎたわ」 1979(昭和54)年に会社が倒産してから夜のスナック一本で、昼はお客さんとの旅行を楽しんでいた。 「昔は、『また来てね』と言わなくても、たくさんお客さんが来てくれたわ。でも今は『また来てね』と言っても来てくれないの。オホホホ」 常連の女性客から「昼遊んでないで一緒に昼カラオケをやろう」と誘われ、11年前にカラオケマシーンを導入。当時は昼カラオケをするスナックが少なかった。 今では、“昼カラ”で人気店となり、毎日満席状態。カラオケのほかに、700円で刺身やつまみなど4品ついた日替わり定食が好評。安くて美味しいものを出したいと、仕入れは小樽や札幌の市場を回る。刺身の仕入れは、絶対、小樽の知り合いのお店からとこだわる。 旅行が趣味で、日本全国を回った。行き先が分からないミステリーツアーが特に好き。「飛行機に乗るまで分からないというところが面白いのよね」 お客さんよりも変わったことがしたいと、髪の毛の一部をパッションピンクに染めるワンポイントがお気に入り。頬紅、唇もピンクで揃える。良心的な価格設定で、人情味溢れる粋なママ。愛らしい笑顔がチャーミングだ。「体力が続く限りはお店を続けたい」と語る。 スナック杉 |
|
|
|
竹下 笑子 ママ
今年4月、花園3の国道5号線沿いにある、ご主人・佳考さん(39)経営の不動産仲介業「株式会社アースライフY&T」の隣接店舗に、ソフト クリーム屋さん「アンジーミルク」をオープン。 「私が学生の頃は、国道5号線沿いに洋服屋さんが結構あって、賑わいがあった」 小樽出身の35歳。潮陵高の定時に通いながら、株式会社竹下建材店の事務職員として働き、ご主人と出会った。「職場恋愛だったので、別れたら気まずくなってしまうかもと、ある意味冒険だった」 交際は順調に進み、13年前に結婚。しばらくは専業主婦だったが、「株式会社アースライフ」設立のため、生まれたばかりの長女を育てながら、不動産業に必要な宅建資格取得に猛勉強すること1年。 2008(平成20)年に同社を設立し、取引主任者として店舗に立つと、改めて国道沿いのシャッター街が目に付くようになった。近隣の人や不動産関係者と交流する中で、街の活性化 について考え始めた。「シャッター街は寂しい。何か出来ないか」 「不動産屋には物件を探している人しか入らないが、昔、家の近くにあったソフトクリーム屋さんのような店なら、子供でも100円玉を握り締めて気軽に入れるのでは」と思い、知人の助けで、機材などを安く譲り受け、48平米の小さな店舗でソフトクリーム屋さんをオープンした。 「子供が多いと、家族の人数分のソフトクリームを買うのに1,000円を超えてしまう。ミニサイズのソフトクリームを販売すれば、経済的だし小さい子でも持ち歩いて食べやすいと思った。子供を育てていると色々な面で工夫出来る」と、1個150円のミニソフトを販売している。 現在は、3人の子供のママ。宅地建物取引主任。そして、ソフトクリーム屋さん「アンジーミルク」のオーナーと一人三役を兼ねる。小樽の活性化を願い、妹の加奈さん(29)と店を切り盛りする。 ソフトクリーム屋さん「アンジーミルク」 |
|
|
|
北嶋 美穂 ママ
小樽で生まれ育ち、短大卒業後は、札幌市内の病院で、病棟クラークとして患者の応対や介助、医師・看 護師をサポート。「たくさんの人たちと話すことが好きだった。事務の仕事をするよりも、時間が早く進んで楽しかった」とニッコリ。 お小遣い稼ぎにと夜のアルバイトを始めた。最初はコンパニオンだったが、花園のスナックで働き、昼も夜も接客の仕事に大忙しだった。 病棟クラークを辞めて新しい仕事を探していたところ、ひょんなことから、自分の店を営業することになった。「30歳になると、中々仕事がなくて悩んでいたの」 2006年9月から、花園繁華街にあるカウンターだけの小さな店で営業を始めた。同業のママたちからの紹介で、徐々に常連客が増え、繁盛店になった。「小樽のママさんたちには本当に良くしてもらったの」 一昨年、「一人で来てくれるお客さんが多いけれど、会社でも使いたいという要望を多く頂いたので」と、ボックス席のある現店舗に移転。平日は一人客が多いが、金土の週末は団体客の利用も増えた。「おかげさまで、毎日お客さんが来てくれる」 趣味は、昨年始めたゴルフ。同業者や客から誘われても断っていたが、運動不足解消のためにと打ちっぱなしに通い始め、2ヵ月後にコースデビューすると、「スイングが良いね」とプレー仲間から褒められたことですっかり嵌った。「学生の頃にしていたテニスが良いのかしら?」と笑みを浮かべる。ゴルフ仲間が来店すると、「今日もナイスショットか」とからかわれることも。 整った顔立ちと穏やかな人柄が魅力的な癒し系ママ。 Diva |
|
|
|
斎藤 さやか ママ
北星学園大学英文科卒業。在学中の1年間韓国に留学し猛勉強。「日本人とより、韓国人の子とばかり話をして、いつでも韓国語に触れているようにした。足りない部分は英語でカバーした」 帰国後、韓国語と英語を使いながら、小樽の勉強をしたい と、「おもてなしボランティア」に所属。「高いお金を払って小樽に来てくれた外国人観光客の方に、 無駄な時間を過ごしてもらいたくなかった。日本人は親切だなと思ってもらえるように頑張った」 2008年には、ボランティア活動で培った知識を活かしたいと、ミスおたるのオーディションに参加し、見事選ばれた。全国各地を飛び回り小樽観光をアピール。 今年3月から「味処かまわぬ」で女将修行を始めた。「海外に通じる仕事につきたいと考えていたが、自分の店を世界にチェーン展開したいという大きな夢がある店長の思いを聞き、自分の得意な韓国語と英語を使って、少しでもお手伝いしたいと思った。小樽に来る外国人観光客に、日本、小樽の和のお店を楽しんでもらえればと思っている」 飲食の仕事は初めてだが、同店のコンセプトである“癒しとくつろぎの時間”を提供するため、日々努力する。持ち前の負けん気で、どんなに忙しくても笑顔でおもてなしする。 「すごく忙しい時に必死に頑張っていたら、お客さんから頑張ってるね、接客良いよと声をかけてもらって励みになった」とニッコリ。26歳の若女将。只今修行中。味処かまわぬHP 味処かまわぬ |
|
|
|
|
|
進藤 佳子 ママ
車好きで、トラックの運転手になりたかったが、普通免許取得後すぐには大型免許取得の資格がないため諦めた。ガソリンスタンドで働いたり、バスガイドをして、大好きな車で積丹や余市などにドライブするのが趣味。 20代の時にウエディングドレス販売の店で働ていたが、人手が足りなくなった近くの美容室の手伝いをすることになった。これがきっかけとなり、3年の通信教育で資格を取り、6年前に独立して店をオープンした。「やりたいと思ったらすぐやった。その時に思ったことをやるの」 「お酒を飲むことが好きで、たまに花園に飲みに行く。仕事が終わったあと、寿司屋をやってるだんなの仕事も手伝いに行く。手伝った日は、家に帰ってから、 だんながつまみを作ってくれて、これがすごく美味しいの」 寿司職人のご主人と結婚してから7キロ増え、最近、スポーツジムに通い始めたが、「全然痩せない・・・」と嘆く。 カット3,150円・小学生カット1,575円と、街中の美容室の中では低価格設定。「お客さんには、街場の割には安い。朝里とか、手宮、赤岩の値段に近 いねと言われる。まあ、このご時世だから」 「冬は、都通りのアーケードに雪が積もって暗いので」と、店内から青色のイルミネーションを煌かせる。店の前には、かがり火を模したモニュメントを置く。 「出来れば小樽から離れたかったのだけれど、なんでなのか離れられなかったのよね」とぼやく。さっぱりとした人柄で親しみやすいユニークなママ。 Cut Point KeKe |
|
|
|
又村 悦子 ママ
手宮で生まれ育ち、結婚後、ご主人の仕事の都合で、旭川や苫小牧など道内を転々したが、ふたたび手宮に。 「私、子供、孫の三代で手宮。戦後の昭和23年のベビーブームに生まれ、手宮には子供が多かったわ。1クラス60人で、それが9クラスぐらいあったと思うわ。でも今は全校児童で100人くらいで寂しい」と語る。 姉のトキさん(67)が産業会館にオープンした飲食店を手伝ったことがきっかけとなり、飲食業の道へ。「産業会館は、小樽のスーパーの発祥の地。焼きそばやおやきを販売し、当初はカウンター席だけだったが、テーブル席も増やし、忙しかったの」と振り返る。 今度は、姉のトキさんの手伝いもあり、13年前の交通記念館オープンに併せ、手宮にある同施設目の前の自宅敷地に2号店「てみや家」を開店。特技もないし、気張ったものも作れないので、家庭の延長のつもりで定食を作った。でも、それが一番落ち着く味で、漁師さんたちもよく食べに来てくれたのだが、姉が体調を崩したため3年前に店を休業。 店を休業してからは、家事をするだけの生活だった。子供たちが大きくなって時間に余裕も出来た頃、お客さんとして来てくれていた大同の社員の方から、ゴルフ場で食堂をやらないかとお話しがあった。どこかでアルバイトするといっても、茶碗洗いは洗浄器があって必要ないし、他所では多分使ってもらえないと考え、姉の体調も良くなったこともあったのでオープンすることを決めた。 1月7日にゴルフ場内で「てみ家」の営業を再開。焼き魚や煮魚のメイン料理に、日替わりの小鉢2品、ご飯、味噌汁、漬物をつけた定食(600円)を提供している。 「地元の漁師さんの協力で、旬のお魚料理を出すことが出来る。春はホッケやアサバガレイなど。イカ刺しは絶対おすすめ。活きの良いものを届けてくれるので、すっごく美味しいの」と勧める。 「儲けは少ないけど、地元の人がお昼に使うなら600円が限度だと思う。地元の人がメインに食べに来てもらいたいから、この値段で頑張る」と、姉妹で店を切り盛りする。 定食てみ家 |
|
|
|
広部 亜佐美 ママ
飲みに通っていた友人のスナックの移転がきっかけとなり、28年前に移転後の空き店舗で自らスナック経営を始め、女手ひとつで3人の子供を育てた。 「オープンした当時は、街全体に活気があって、クリスマスの時にはお客さんをお断りすることもあった。おかげで普通の生活を送ることが出来た。店は儲かっていたけれど贅沢はしなかったのよね」 その後のバブル時代は、毎日満席で、現店舗の購入資金は短い期間で支払いが出来た。「昔は美人だったのよ。店舗を買った20年前は、1日の売上金が十数万円だった。バブルの良い時を味わってしまった。今はどうにか四苦八苦して営業している」と苦笑い。 5年前に体調を崩して、2年ほど体を動かすことすら出来なくなった。「“あ”と“う”しか言えず、半分死んでたの。今はようやく話せるようになって、働けることが一番の生きがいになっているの。お客さんと飲みながら話すことがリハビリね」 店内のシャンデリア、朱色のじゅうたん、木製の椅子が、昭和のレトロな雰囲気を演出する。週刊プレイボーイの撮影にも使われ、女優の矢田亜希子が店を訪れた。小樽を舞台にしたドラマの撮影で来樽した俳優の妻夫木聡が、スタッフらと飲みに来たこともある。 愛娘の亜佐美さん(38)との“親子漫才”が、和やかな笑いを広げる。ママと店の雰囲気が好きだと、オープン時から通う常連客も多い。「跡継ぎもいるし、あと1年、2年、3年か4年・・・もうちょっとかな。後継ぎがいると思うと安心で、出来るところまで頑張ろうと思う」 パッションピンクの派手なジャケットが似合う、いつもニコニコ“スマイル”が素敵なママ。 スナック「スマイル」 |
|
|