マスティン3度目の寄港!小樽は北海道の故郷 (2018/02/02)


 米ミサイル駆逐艦「マスティン」 (艦長:ウォーレン・D・スミス中佐)は、2月2日(金)10:00に、青空が広がる好天の中、小樽港中央埠頭4番岸壁に入港。周辺は厳重な警備体制がしかれ、今回が3度目の寄港となった。

Mustin5.jpg 入港を抗議する連合北海道小樽地区連合会・米艦入港反対小樽連絡会などの市民団体が、第2埠頭などの岸壁に集まり、「いますぐ帰れ!」などの入港反対を叫ぶシュプレヒコールを響かせた。

 マスティンの申板には、前回同様、乗員が整列し船外の人々に敬意を表す登舷礼を実施し入港した。

 アメリカ海軍ミサイル駆逐艦「マスティン」は、2003(平成15)年7月に就役。2006(平成18)年から、第7艦隊・第15駆逐艦隊として、横須賀に配備されたミサイル防衛対応艦船。長さ155.1m・喫水9.8m・幅20.1m・排水トン数9,000トン・マスト高45.7m・乗組員約330名・1日最大上陸人員約200名。
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 2015(平成27)年2月に小樽港に初寄港し、2017(平成29)年7月と今回で3度目となる。艦長は前回と同じスミス中佐で、小樽を強く希望した。

 艦内の士官室で、11:00から歓迎セレモニーが行われた。スミス艦長をはじめ、副艦長・杉江俊太郎商工会議所副会頭・海上自衛隊余市防備隊司令三上大二一等海佐・武市芳清全国自衛隊父兄会北後志地区協議会会長・中村全博自衛隊小樽協力会副会長・福島正紘副会長・同幹事長らが出席した。

 杉江副会頭は、「乗組員の皆さんが、小樽の街を楽しまれ、友好の輪が広がることを祈念する」と歓迎の挨拶を述べた。

Mustin4.jpg これを受けて、スミス艦長は、「夏と冬の両方の美しい季節に、小樽を訪れることができた私と海軍兵は、大変幸運と感じている。小樽市民をはじめ、自衛隊協力会・組織や日本政府の支援なくして、再び小樽を訪問することは実現しなかったと思う。

 3回目の寄港となり、小樽を北海道の新しい故郷と呼ばせてもらいたい。素晴らしい町の冬の魅力を経験し、純白に覆われた歴史的建造物を眺める幸運に恵まれた。

 雪あかりに路の開催準備が行われている小樽運河地区で、美化ボランティア活動やスポーツ交流を予定している。前回の寄港中にできた地元の友人と会うことも楽しみにしている。この寄港は、日本とアメリカとの強い関係、米海軍と海上自衛隊との強い絆を示すもの。日本・東アジア地域全体に対するアメリカの責務を定期的に表すもの」と挨拶した。

Mustin2.jpg その後、船橋で記者会見が行れ、スミス艦長が対応した。海軍兵が参加したいイベントとして、1つは下田の黒船まつりと、もうひとつに小樽の訪問を上げた。

 同艦は、航空機や潜水艦、海上艦を同時に防衛できる特徴があり、海上自衛隊とともに、日本の防衛任務を遂行できるとした。

 小樽港を選んだ理由については、「3度目の寄港は、非常に稀なケースで、幸運だったと思う。私はアウトドアが好きで、小樽は素晴らしいエリアが体験できる。冬も絶対と希望した。小樽の景色はモンタナと非常に似ている。いつかモンタナに住みたい」と小樽を切望したことを明らかにした。

 艦内見学のガイド役をスミス艦長が自ら務め、通常は撮影禁止の「CIC(コンバット・インフォメーション、戦闘指揮所)」も公開。コンピュータシステムと兵器システムが集まり24時間体制。
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 船長室も初公開され、これまで寄港した場所で交換したコインがずらりと並び、家族の写真も飾られ、前回に引き続き、家族と一緒に小樽を楽しむ予定だという。

 ヘリコプター格納庫のシーホークについて、 対潜戦(潜水艦に対する海戦)や対艦船が主要目的で、人命救助・物資の補給にも使用。航空部門には33名が所属し、そのうち6名がパイロット。

 船首のMk41垂直発車システム(32セル)と、5インチ62口径の主要兵器の説明もあり、1時間ほどかけて艦内を案内。終始、友好的な対応だった。

 2月3日(土)6:30から7:30まで、小樽運河清掃ボランティアにスミス艦長をはじめ隊員が参加。4日(日)は、明峰高校体育館でバスケット交流試合も。出港は7日(水)10:00の予定。

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