あのころの小樽!芝居小屋・演芸館・映画館展 (2017/12/20)

bungakukan1.jpg 暮らしと文学の関わりについて紹介する、あのころの小樽シリーズ第3弾「芝居小屋・演芸館・映画館展」が、12月9日(土)から平成30(2018)年2月18日(日)まで、市立小樽文学館(色内1)2階展示室で開かれている。

 活気ある小樽の街の形成には、芝居小屋などの娯楽施設と深い関わりがあり、当時の新聞広告や貴重な資料と、これらの施設の変遷を記した地図を展示して紹介している。

 また、見て楽しむだけではなく、自分達も参加して演じる場所として活用していた様子も、貴重な資料を交えて紹介している。

bungakukan2.jpg 小樽の芝居小屋の歴史は、1867(慶応2)年もしくは1868(明治元)年に、現在の若松町付近に星川座という芝居小屋が始まり。芝居小屋の回りに集落ができ、町の発展をリードする存在だった。

 庁立小樽中学校(現潮陵高校)は、星川座の空き家になった芝居小屋を仮校舎として使用していたという。(明治35年5月〜明治36年1月)

 明治24(1891)年頃になると、手宮座・稲穂座・住吉座など、新しい芝居小屋が次々と開業した。明治期後半には、当時の事件の実録物や後に有名になる役者の語り物芸人(義太夫・浪花節)など、様々な演目が上演され、質の高い芸人が求められた。

 新聞の広告からも分かるように、大正時代には演芸館がさらに増え、娯楽の中心が活動写真に移っていった。弁士による語り芸の世界で、有名な座付き弁士がいた。

bungakukan3.jpg 小林多喜二は映画館に通う青年のひとりで、日記に映画の感動等が記されている。

 戦争期は、演芸館や映画館は寂れたが、戦後、様々な種類の興行が復活。昭和30年代には、高島から銭函まで25の映画館があり、名画ラッシュが起こった。

 その後、テレビの普及に伴い、昭和40年代に入ると映画ブームは失速。昭和50年代に入る頃までには、多くの映画館がスーパーマーケットや倉庫業・キャバレーなどに転業した。最後に残った小樽中央劇場(中劇)も平成6(1994)年に幕を閉じた。

 担当の同館・亀井志乃学芸員は、「芝居小屋、演芸館、映画館3つの施設が牽引して盛り上げた、小樽の熱気ある賑わいと娯楽施設の関係は切っても切れないこと。遠い昔話ではなく資料から受け止めてもらいたい。再認識しながら、小樽の賑やかな時代をぜひとも知ってほしい」と話した。

 暮らしと文学「あのころの小樽」展3 芝居小屋・演芸館・映画館
 12月9日(土)から2月18日(日)まで9:30から17:00(入館16:30まで)
 休館日:月曜日(1月8日・2月12日除く)・12月26日(火)、年末年始(12月29日~1月3日)、1月9日(火)・10日(水)・2月13日(火)・14日(水)
 観覧料:一般300円、高校生・市内高齢者150円、中学生以下無料
 市立小樽文学館(色内1)2階展示室

 ギャラリートーク「観たよ、演じたよ!小樽の人々とお芝居」
 1月20日(土)14:00〜15:30 観覧料のみ 講師:亀井志乃学芸員

 小樽文学館
 

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