2/20多喜二命日 没後83年在りし日を偲ぶ (2016/02/20)


 小林多喜二の没後83年を迎え、2月20日(土)13:00から、奥沢墓地で墓前祭が開かれ、多喜二を慕うファン80名が全国各地から訪れ、多喜二の生き様に思いを馳せた。

 小林多喜二(1903.10~1933.2)は、秋田生まれの小樽育ち。小樽高商(現小樽商科大学)で学ぶ。文芸雑誌に数多くの作品を投稿して文壇デビューを果たし、蟹工船などの名作を生んだ。takijisai1.jpg当時の治安維持法違反容疑で特高警察に逮捕されても、信念や思想・政治的立場を変えなかったため、29歳という若さで拷問によって虐殺された。多喜二祭は、没後55年から毎年続いている。

 2015年2月には、多喜二の死について書かれた手紙が、氏家喜連川(うじいえ きつれがわ)歴史文化研究会(栃木県)の研究者により発見され、市立小樽文学館(色内1・玉川薫館長)に寄贈され、重要な証言だと多喜二の話題は尽きることがない。関連記事

takijisai2.jpg 墓前祭は、多喜二が27歳の時、1930(昭和5)年6月2日に父親のために建て、自らも眠る奥沢墓地で、小林多喜二祭実行委員会(寺井勝夫実行委員長)が主催して、2月20日の命日に合わせ開かれた。

 同墓地には、ツアー客のバスと、小樽駅発着の貸切バスに乗り込んだ多喜二ファンを運び、雪が積もる墓地に付けられた一本道を歩き、多喜二の墓に向かう人の列ができた。

 墓前には、多喜二祭の旗と、藤森茂男氏が1983年に描いた多喜二の肖像画が立てかけられ、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の2楽章が繰り返し流された。この曲は、多喜二が日比谷公会堂で、弟の小林三吾氏と最後に聞いた音楽だといわれている。

takijisai3.jpg 寺井実行委員長は体調不良ため出席できず、同実行委員が代読した。「人間の尊厳と自由・平和を守るために、治安維持法下の暴走に屈せず命をかけて戦い、このような時代の再現を絶対に許さない決意を改めて、多喜二の墓前に誓いたいと思う。供えられる1本1本のカーネーションに託して、平和と民主主義が明日に向かってお互いが力合わせ、足並みを揃えたいもの」と訴えた。

 参加者全員、赤いカーネーションを墓前に献花し、多喜二への切ない思いを噛み締めた。

 墓前祭後、15:30から、記念のつどいを市民センター(色内2)マリンホールで開いた。「この日本がいつまでも平和であってほしい~みのわ登の遺言」(大地巌脚本・演出)の上演後、小樽商科大学・荻野冨士夫氏が、「多喜二は戦争をどう描いたか」と題して、平和を守る大切さを強く語った。約370名が構成劇と講演で多喜二を偲んだ。

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