顕誠塔前広場 本祭しめやかに挙行

 小樽顕誠会が主催する第70回招魂祭が、5月14日(木)・15日(金)の2日間、小樽公園・顕誠塔前で行われ、植樹されたエゾヤマザクラが見頃となり、参列者の目を和ませていた。
syoukonsai1.jpg 同祭は、雨が降ると言われ、14日(木)の合祀祭・宵宮祭は、凍える寒さとなったが、15日(金)は穏やかな天気に恵まれ、11:00から本祭が挙行された。
 小樽顕誠会野坂和弘会長や新合祀者遺族をはじめ、森井秀明市長・市議会議員ら、約70名が出席した。住吉神社楽部による雅楽演奏が会場に響き渡った。
 顕誠塔は、1923(大正12)年に建立。日露戦争終戦後、生還将士から戦死した友の御霊を慰霊したいとの申し出があり、18年かけて完成させた。翌年から招魂祭が始まり、小樽の一番早い祭りとして賑わいを見せていたという。昭和20年からは、郷土小樽市に貢献のあった人々を合祀することとし、現在に至っている。
syoukonsai2.jpg 今年度は、新たに合祀者14名が加わり、既合祀者3,484名と郷土功労者1,171名を合わせて4,655名を慰霊する。
 15年間会長を務めた赤石欽司前会長の後任となる野坂会長は、「合祀された方々は、身命を祖国のために捧げ、または、社会福祉・防災・教育文化・産業経済など多方面に渡り、振興発展に犠牲的境地の誠を尽くし、実践活動して小樽市に貢献された偉大なる足跡は、長く後世の模範とする。我々市民は、遺族に対し、国家郷土の振興発展に微力を尽くし、世界の平和に寄与することをここに誓う」と祭詞を述べた。
syoukonsai3.jpg 森井市長は、「ニシン漁場の賑わいとともに生まれ、北海道開拓の時代には、大陸交通の要所として、商業と金融の拠点へと成長した小樽の町の現在に脈々と引き継がれる栄えある歴史と伝統は、あなた方御霊の生涯を捧げてのご辛苦とご尽力を礎として築かれたもの」と慰霊のことばを述べた。
 引き続き、出席者全員で玉串奉奠を行い、故人の遺徳を偲んだ。恒例の日本詩吟学院岳風会小樽支部岳船会7名による、奉納吟「小樽の功労者の魂に捧ぐ」が披露された。
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