月刊おたる600号 50周年記念の感謝のつどい


 小樽の人やまちの情報を届ける郷土誌「月刊おたる」は、今月発行の6月号で600号となり、50周年を迎えた。それを祝う「感謝のつどい」を、6月15日(日)14:00から、協賛会社・賛助会員・関係者ら約100人が集まり、小樽運河プラザ(色内2)3番庫ギャラリーで開いた。
 同誌は、1964(昭和39年)7月に故米谷祐司さんが発行人となり創刊。小樽の人や店舗などの情報を掲載し、多彩な顔ぶれによる様々なテーマでの寄稿など、今も変わらず受け継がれている。
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 初代編集長は金澤澄恵さんで、1964(昭和39)年7月号から1972(昭和47)年まで、2代目に杉の目和夏さんが、1976(昭和51)年7月号から2006(平成18)年6月号まで務め、現在は、藤森五月さんが引き継いでいる。
 定期購読者は、協賛企業80社・賛助会員100名(90%が市内で東京や千葉など)で、600号は3,800部を発行。定価216円。書店での販売はなく、協賛企業が買取り配置する形をとっている。
 会場では、創刊号全編を拡大して紹介。1970(昭和45)年から「おたるの人コーナー」を掲示し、2,000人以上の市民を紹介した。若かりし頃の面々に、来場者から笑顔が溢れた。また、バックナンバーを会場に並べ、ページをめくりながら、当時を懐かしむ姿もあった。来場者同士、思い出話に花を咲かせ、和やかに歓談し、月刊おたる600号をそれぞれの思いで祝った。
 セレモニーでは、米谷氏から発行人を引き継いだ森元勝章氏は、「今日の雨は、米谷氏の嬉し涙かもしれない。50年間を振り返ると本当におもしろいページ。米谷氏の大変大きな功績”おたるの人”は、市民2,000人以上を紹介し、尚且つ、これだけの記録が残っていることは大変なことだと思う。この先、200年は頑張りたい。小樽に住んでいる若い人に、この思いを繋いでくれると信じている」と挨拶した。gekkanotaru2.jpg
 来賓の貞村英之副市長は、「目を惹かれたのは、なにげなしに歩いている所や、店を情緒豊かに伝え、懐かしく思った。このように思う人は、全国いたる所にいるのだと思うし、毎月の発行を楽しみにしていると思う。小樽を離れ、ふるさとへ思いを馳せる人とを繋げる架橋となっている。ひと月も休まず発行し、小樽を紹介し続けてきた。更には1000号、100周年を目指してもらいたい」と述べた。
 藤森編集長は、父の友人だった米谷氏に、この仕事を勧められ、急遽入社。編集の仕事の経験もなく、2代目編集長の杉の目氏に1ヶ月間指導を受け、編集長となって8年目となる。
 「巻頭に書かれているように、”この小さな雑誌をふる里を愛する人びとにささげます 海と山につつまれた港まち小樽のかぎりない夢と繁栄をねがいながら いつも新鮮でありますように いつもこころの友でありますように皆様のお引立のほどお願いもうしあげます”(月刊おたる抜粋)の思いひとつで、創設者の米谷祐司は続けてきた。こころの友を通して、米谷は、小樽の町、小樽の人びと、小樽を愛する人々へエールを送り続けてきた。これからも、エールを皆さんの心に届くように努めたい」と話した。