小林多喜二没後80年墓前祭 小樽奥沢墓地 (2013/02/20)

 積雪130cmの豪雪に見舞われた小樽市奥沢墓地で、2月20日(水)13:30より、プロレタリア作家として知られる小林多喜二の没後80年の墓前祭が行われ、90名が参加し、多喜二が眠る墓に手を合わせた。主催は小樽小林多喜二祭実行委員会。
 前日に、ボランティアによる墓地の除雪が行われ、しっかりとした道がつけられていた。墓前祭には、遠くは九州、全国各地から集まり、激しく雪が降る中、雪道を登り、多喜二の墓前に到着、雪に埋もれながら故人を偲んだ。

2013takijisai1.jpg 小林多喜二(1903.10~1933.2)は、小樽で成長し小樽商大に学び、小樽の街をこよなく愛していた。治安維持法違反容疑で逮捕されたが、思想的政治的立場や信念を変えることを拒否し、29歳という若さで当時の特高警察の拷問で虐殺された。市内の同墓地で静かに眠っている。

 同実行委員会・寺井勝夫委員長は、「多喜二が志した世の中は、まだ実現されていない。しかし、全身を打ち込み文学を中心とした活動、反戦平和の実践、大きな戦いは現代に蘇りつつあると思う。今日私たちを取り巻く社会的な格差や貧困の拡大、社会的な不公平の広がり、憲法を解約し、自衛隊を国防軍に昇格させる。また、集団的自衛権の行使をするというようなきわめて危険な武力的政治反動を見過ごすわけにはいかない。昨年は、3日間にわたるシンポジウムが開かれ、まさに多喜二の戦いの歴史が現代にも蘇りつつあると同時に、国際的な評価も高まっていると言える。多喜二が命がけで戦った、この何人も否定することができない歴史を改めて今日の情勢の元でしっかりと確認し、多くの教訓を学び取り、多喜二が願った新しい時代を築くために力を合わせよう」と挨拶した。

 雪に濡れた参加者達は、真っ赤なカーネーションを次々と墓前に献花し、多喜二を偲んでいた。

2013takijisai2.jpg 同実行委員会・斉藤力事務局長は、「やはり没80周年と言うこともあり、多喜二に関心を持つ人が増えた。年々参加者が増加し、昨年は100人以上の人が参加したが、天候が悪く足が遠のいたのでは。昨日から、14〜5人のボランティアに墓前までの道をつけてもらった。夜の講演と音楽の夕べへも多くの人に参加してもらいたい」と話した。

 函館から参加して7年目になるコーラスグループ(7名)の82歳の女性は、「墓前に来て、今年で終わりかと思うが、また2月になると墓前へ上り、今年も来られたと思う。コーラスグループは、多喜二のファンで、4年前に多喜二を歌った『2月』という歌を作詞し、作曲家に曲をつけてもらった。以前は、墓前で歌ったこともある」と、貸切バスを待つ間に口ずさんでいた。

 福岡県久留米市から参加の野田尚代さん(64)は、「初めて墓前にお参りした。以前北海道ツアーで小樽を巡り、ガイドさんから文学館を紹介され、多喜二に関する展示を見た。何度も小樽へ来て、昨年のシンポジウムにも参加した。若い頃の生き方やいくつかの本を読み、自分も金融機関で仕事をしていたので、共感した。今日は、いろいろと想像しているが、墓前に来て多喜二に会うことができた。蟹工船は世界で読まれ、小樽は、絵・音楽においても豊かな想像ができる所だと感じている」と話した。

 夜には、市民センター(色内2)マリンホールで、「講演と音楽の夕べ」が18:30から開かれ、1日を通して多喜二の命日を偲んだ。

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