ニュース・新聞から生まれた流行歌 市立小樽文学館 (2011/11/06)

popsong.jpg 市立小樽文学館企画展「小樽新聞物語」に関連した、「ニュース、新聞、流行歌〜昭和時代におけるメディアミックスの側面〜」が、11月5日(土)14:00から、文学館(色内)1階研修室で開かれた。

 講師は、三角山パーソナリティの青砥純氏。三角山放送局で、毎週金曜日の8:20〜8:50に「なつかしの流行歌をたずねて」を担当している。2003年より、年に1度、文学館で講座を開いている。

 「昔の流行歌を、最近耳にする事はあまりなくなったが、歌のさわりを聴くと、誰もが覚えのある曲ばかりである。そんな当時の流行歌は、ニュース、新聞記事で報道された実話に基づくものが数多くある。新聞が歌のテーマになった"新聞少年"や、新聞連載小説が映画化され、その主題歌が歌になることも。戦時中は、新聞社が歌詞や曲を公募した。本当にあった話だからこそ大ヒット曲となり、長い間歌い継がれてきたのかもしれない。

 事件・ニュースで報道されたものからできた歌を"ニュース歌謡"と呼び、大ヒット曲となった歌が多い。明治時代にもそれが求められていた。"ノルマントン号の沈没の歌"は、明治19年ノルマントン号が沈没し、イギリス人、ドイツ人は、救命ボートで助かり、日本人25名は全員死亡。船長は、イギリス人で奴隷の鬼と歌われた。軍事・兵隊へ、ニュース歌謡として軍歌ができた。

 "陸奥の吹雪"(作詞:落合直文・作曲:好楽居士)は、ロシアとの戦争のために、寒地の八甲田山で訓練していた218名が遭難した話の曲。文部省唱歌"広瀬中佐"、"軍神橘中佐"(作詞:鍵谷徳三郎・作曲:安田俊高)など、軍人を称揚する歌が生まれる。

 "東京行進曲"(作詞:西条八十・作曲:中山晋平)は、銀座の柳を切ってイチョウにしようと、215本全部切ってしまった。その後、900株の柳を寄附し、昭和7年に"銀座の柳"(作詞:西条八十・作曲:中山晋平)が生まれる。現在、西銀座に柳の木があり、情緒ある風景を作り出している。

 結婚を反対され心中した話が記事になり、センセーショナルに報道された。『純潔の香高く 天国に結ぶ恋』との新聞の見出し。のちに映画となり"天国に結ぶ恋"(作詞:柳水巴・作曲:林純平)ができる。

 昭和8年3月17日から5月10日まで、万国婦人子供博覧会が開かれ、ドイツから180頭以上の動物を連れたサカース団が来る事になり、話題となる。"来る来るサーカス"(作詞:西条八十・作曲:古賀政男)という曲が生まれ、当時のソプラノ歌手・淡谷のり子が歌い大評判となる。当時、サーカスは珍しく、サーカス団は、さすらいの旅人で哀愁のあるイメージだった。伝統的な日本の歌"サーカスの唄"(作詞:西条八十・作曲:古賀政男)も生まれる。

 昭和8年12月23日、皇室に待望の男の子が生まれ、北原白秋が作詞した"皇太子さまお生まれになつた"という曲が、翌年ヒットした。

 その後戦争が起こり、歌の世界も戦争にまつわる曲が多くなった。国連から脱退し、日本が孤立化した頃、新聞でもそれを支持する記事が書かれ、歌の世界でも賛成した歌が作られた。"聯盟よさらば"(作詞:西条八十・作曲:江口夜詩)、"リットン節"、"脱退ぶし"がある。

 朝日新聞社記者が大江素天というペンネームで作詞し、"満州行進曲"ができた。日中戦争に入り、毎日新聞社が大きな戦争へ繋がることを予測し、国民から歌を募集し22,741通が届き、審査員・北原白秋などにより審査し、A面"進軍の歌"(作詞:本田信寿・陸軍戸山学校軍楽隊)、B面"露営の歌"(作詞:藪内喜一郎・作曲:古関裕而)を、コロンビアレコードより発売し、B面が大ヒットととなる。

 "紙上対面"(作詞:宮本旅人・作曲:鈴木哲夫)は、浜頓別出身の美ち奴(うぐいす芸者)と、古賀久子(当時11歳、後に菅原都々子となる)によって歌われた。ラジオでは生歌が流れ、続々と歌が誕生し流行歌となる。

 昭和21年、新聞の投稿欄に書かれた短い文章を、清水みのるが作詞し"星の流れに"(作曲:利根一郎)が生まれた。当時内容が内容だけにラジオでは放送を控えた。戦後の日本を歌った歴史的な歌である。大ヒット曲となり今でも歌い続けられている。

 戦後は、新聞記者が作詞した曲が生まれ、"ペン偽らず"(作詞:佐伯孝夫は国民新聞社・作曲:飯田信夫)。"人工衛星空を飛ぶ"は、毎日新聞社の丘灯至夫が書き、古関裕而が曲を書いた。

 その後、テレビが普及し始め、ニュース歌謡時代が薄れていく。家族で音と一緒に画像を楽しむメディア主流となり、国民的テーマとして"復興"を日本の目標とし、当時家族みんな共通の話題があった。紅白歌合戦を家族みんなで見ていた時代だった」と、曲にまつわるエピソードを次々と紹介し、来場者は、懐かしいメロディーに耳を傾け、昭和のスターの歌声と当時の時代背景が蘇った。

 青砥さんは「世代を超えたニュースがなくなったが、今回は大震災が起こり、"上を向いて歩こう"が歌われ、復興というテーマが再び与えられた。ニュースと歌が、世代に関係がなく捉えられたことを、改めて振り返る事ができた」と話し、また、「伝えたい言葉を伝える事ができない人は、歌謡曲に託し、自分の事を主張する時に歌に頼る。民衆の思いがこれらの歌にあり、大事にし残したい。昭和の歌謡曲でヒットした曲には、人の思いがあり、重さと強さがあるので残り続けている」と話した。

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