エベレストのチャレンジャー!三浦雄一郎氏小樽講演「高く遠い夢」! (2004/12/12)

DSC00144.jpg  2003年5月に、世界最高峰のエベレスト(8,848m)の登頂に70歳で成功し、世界最高年齢での登頂を記録した、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏(72)の講演が、12月12日(日)に、小樽市医師会館講堂で行われた。

 この講演会は、「後志地域リハビリテーション広域支援センター設立記念講演会」として、後志地域リハビリテーション推進会議の主催で開かれた。

 12日13:00からの講演会は、高橋昭三・小樽市医師会会長の主催者挨拶で始まり、竹内徳男・後志保健福祉事務所保健福祉部長の来賓挨拶の後、2人の講師による講演が始まった。

 最初の講演は、日本リハビリテーション病院・施設協会理事の及川忠人氏。「広域リハビリテーション活動のあり方」につき、デンマークやカナダでの見聞や体験を基に、リハビリテーションの源流はヨーロッパであることを知るべしとし、東八幡平病院での実践例で、広域リハビリのあり方を語った。

DSC00120.jpg  14:45からは三浦雄一郎氏の講演に移った。「高く遠い夢」と題し、三浦氏が2003年5月に、70歳という世界最高年齢での世界最高峰エベレスト(8,848m)の登頂経験を語った。

 初めに、登頂の模様を映した12分間のビデオを紹介した。ビデオには、立ちはだかる氷の壁、牙を剥いたクレパスに渡されたハシゴ、一歩一歩の歩み、頂上アタックの様子、ついに登頂成功の様子が映されている。

 「人は幾つになっても夢を持つこと。その夢の実現に向かって努力し続けること。さらに困難や危険を承知の上で諦めない。一歩ずつ小さな一歩ずつの積み重ねが、いつか世界一の頂上に立てるのだと教えてくれた」と、2003年5月22日、70歳222日で、次男豪太さんとの親子同時登頂の様子を、時にはユーモア溢れる穏やかな口調で語り、満席の参加者の耳目を奪っていた。

miura.jpg  小樽ジャーナルでは、著作権者・三浦雄一郎氏の許諾を得て、その映像の一部を動画で紹介する。

 また、三浦雄一郎氏は、小樽ジャーナルの単独インタビューに「小樽は何度も来ているし、天狗山やキロロでもスキーを何回も楽しんだ。北大時代にも何度も来た懐かしい街だ。小樽は海あり山ありで、最高のところだ。健康の秘訣はトレーニングを重ね、スキーをやっていること。父も高齢の101歳だが、まだスキーをやっている。スキーをやることが健康への秘訣だ」と、小樽を懐かしがりながら、講演前に話してくれた。

 ◎三浦雄一郎氏の小樽講演「高く遠い夢」から エベレスト2003チャレンジ

 「57歳で、これから札幌で余生をスキーでのんびりと思っていた。焼肉・ジンギスカンの食べ放題・飲み放題が大好きで、肉は1kg位をペロッと食べていた。腹もたるみ、このまま入院して成人病を治さなければならない状況になっていた。オヤジも息子も一生懸命やっているのに、自分だけお腹を出している。このまま終わっちゃうのかなと思ったが、20歳の時に見たエベレストの夢、一旦諦めて消えた夢だったが、どこまで辿り着けるか判らないが、やってみようと思った。

 計画を立てたのは65歳の時。札幌の藻岩山をトレーニングに登ってみることにした。ところが、心臓の不整脈もあり、惨憺たる結果だった。藻岩山の馬の背まで登ったら動けなくなった。父親に聞いたら、俺だって不整脈だと言われた。1日ゴロンと寝ているだけで3%、1ヶ月で30%の筋肉が落ちる。自分でもただの人になっていた。もう1回リハビリをして、エベレストに登ってみようと考えた。スケジュールも一杯でトレーニングをする時間がない。しかし、家を出て心掛ければ30分から1時間位歩ける。今も登山靴を履いている。片足10kgの重しを付け、背中に40kgを背負いトレーニングをやった。

 エベレストの8,000mからパラシュートで滑降するという夢をやり遂げて33年が経っていた。












動画1  動画2  動画3  動画4  動画5














 2003年5月にエベレストに挑戦。5,400mのベースキャンプからスタート。前進キャンプを5つ作った。酸素なしで高度順応を繰り返しながら上へ行く。7,500m以上は、人間が何日生存出来るかのデスゾーン。小樽は、海から山から空気が良く、酸素は22%入っている。8,000mでのソ連製酸素ボンベは1本6万円。1分間3%、3リットル吸うと、6万円のボンベは6時間しかもたない。


 下界では1時間5万円の酸素を吸って、贅沢な生活をしている。水分も摂らないと血液がドロドロになる。5,000mでは1日2リットルの水分を飲まないと死んでしまう。高さに慣らすと赤血球が増えていく。


 8,000mでワシの死体を見つけた。世界最大級のオオワシで、チベットでは人間を天国に運ぶ神様の使いとされている。時速500kmの風が吹く岩場に、ワシの墓を作った。


 ベースキャンプから頂上までは、198の死体が埋まっている。8,300mにはアメリカのスコット・フィッシャーら15人の遺体が埋まっている。






























 偏西風のジェットストリーム。瞬間風速500kmの風が吹き荒れる。ジェット気流が来ると、じっと堪える。8,400mで1泊か2泊して、生きて帰ってくる登山家はいなかったが、風が強く頂上アタックが出来なかったので、もう1回諦めずに登ってみようとテントで待機した。


 吹き荒れる強風で駄目か駄目かと思ったが、気象情報をキャッチ。24時間後に頂上は風速20m以下になるとのこと。-30℃の世界で氷を融かす。沸騰温度は70℃位。夜中に3回以上氷を融かして水分を摂る。出す方では、オシッコがトマトケチャップのようで血流状態だ。死なないようにオシッコをする。


 真っ黒な夜空に満天の星。50度以上の傾斜。一歩一歩登りながら、宇宙に近づいている。苦しい辛いのは当たり前だが、山では諦めない継続と忍耐が必要。この中に夢が希望が出てくる。9時間かけて頂上に辿り着いた。頂上は残念ながら曇っていた。皇居の園遊会に父親と招かれた時に、天皇陛下に「頂上の景色はどうでしたか?」と尋ねられたが、曇って何も見えなかったとも言えず、「世界最高でした」とお答えしたが、陛下も何が何だか判らなかったのでは?


 チョモランマの頂上が曇っていたのは、もう1回来なさいと言っていると思えた。まだ諦めないで次の機会を待っている。


 頂上の帰りは5人に1人が死ぬ世界。何とか無事に帰り着いた。最後は死に様、生き様だ、これが出来たら死んでも良いとモンブランを滑り降りた。父親は「俺は今生の別れに滑った」と夢を実現した。


 101歳の父親は、12月21日から手稲ハイランドにスキーに行く。人生には夢がある。そのために日常の生活があり、夢に向って諦めないことが大事だ。」

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